震災そのものだけでなく、福島第一原発事故や原子力政策の問題、さらにはエネルギー政策全般を問い直す様々な行動もあり、マスコミの報道も同様でしたが、そんな中の一つ、NHKスペシャル「「3.11 あの日から1年 調査報告 原発マネー ~“3兆円”は地域をどう変えたのか~」は地方自治について示唆に富むものでした。
原子力施設の見返りに関係自治体等にもたらされる所謂原発マネーの存在は広く知られているところですが、総額3兆円という全容を明らかにしたこともさることながら、その身も蓋もない狙いと予期された現実を当事者が語ったことが、まず印象的でした。例えばハコモノの乱立と維持費負担による財政難をもたらした電源三法交付金について当時の資源エネルギー庁の担当者は「ハコモノって目立つから、メリットが目に見える。訴える力があった」と語る。また、電事連からむつ小川原地域・産業振興財団を通じて青森県下全市町村に配られる寄附金に関して、核燃料事業推進派として選挙で苦戦した現職知事の側近が電事連の担当者に「全市町村に寄付金を配らないと、反対運動は収まらない」と提案し、「一番重要なのは、市町村長にも『自分らにもメリットがある』と見えるように」と、また電事連の担当者も「全県に寄付というのは青森県だけ。反対の人が多かったから、その地域にも何らかのお手伝いをしたいということで」と。
そして、その威力を示したのが、3年前の高レベル放射性廃液漏れ事故に関して開催された全市町村長会議の録音テープ。原燃側の謝罪と説明に続いて質疑応答に移るも出席者全員無言。司会者が何度も促すも遂に誰も発言しないという様子は異様でした。私自身、いくら推進派だろうと、寄附金や交付金漬けにされていようと、事故が起きたからには(例え保身のためのポーズだとしても)何らかの注文はつけるものだろうと思っていましたが、これほどの心理的な力関係が生じていたとは。
「父の期待と現実が大きくかけ離れたと感じる。『どうしてそうなるんだ』ということにもなるんだけどさ」と語る当時の柏崎市長の息子さんや「それでも原発が必要ないとは言えない。今までも原子力への依存度100%でやってきた町。東電があったから、これだけ町も発展してきたわけだから」と話す草間町長に、先の資エ庁担当者の「電源開発を実現するための“手段”が地域振興なのは確か。地元は当事者意識をもって自分たちで育成する意識が必要」という言葉はどう響いたのでしょうか。
もちろん、この構造が原発マネーに限らないのは言うまでもありません。
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