コンタクト
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自己紹介文
1966.10.26
川崎市麻生区生まれ。
1979.3
川崎市立百合ヶ丘小学校を卒業。
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駒場東邦中学校に入学。中高在校中は、サッカー部や体育祭・文化祭運営の活動に明け暮れる。
1985.3
駒場東邦高等学校を卒業するも、2年間浪人。
1987.4
中央大学文学部社会学専攻に入学。ケーブルテレビなど地域情報について研究する。在学中は、ジャーナリズム研究会で編集長などを務める一方、同会など百数十の未公認サークルの公認化への取り組みを通じて学生自治活動に関わり、学友会学芸連盟委員長、全学オリエンテーション祭実行委員長、白門祭実行委員会総務部副部長などを務める。
1991.3
中央大学文学部社会学専攻を卒業。
この時期、三鷹市議会議員選挙に立候補した大学の仲間の選挙で菅直人さんと出会い、以後菅さんや各地の市民派議員の選挙を支える。
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(株)総合労働研究所に入社。マネジメント教材や情報誌の編集など産業人教育に携わる。
1996.4
(株)総合労働研究所を退社。
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座間市議会議員選挙に立候補し、最年少で当選。超党派の議員で「市民派議員クラブ」を結成し、澱んだ座間市政にメスを入れる。
2000.9
再選を期して座間市議会議員選挙に立候補するも55票差で落選。
2001.9
相模経済新聞(旬刊・購読制)の大和市担当記者として、同市内の企業や市政の取材にあたる。
2004.9
利権・談合政治に切り込むため座間市議選に立候補し、当選。会派「市民連合」を結成。
・ひばりが丘在住
・横浜F・マリノスサポーター(隠しリンクがあります)
議会活動の概要
1996.11
市民グループとの連携で市の食糧費支出を調査し、「行政懇談会」と称する日常的な不正支出を追及。98年までに同「懇談会」は全廃。
1997.6
塵芥収集車の作業体験をするなど清掃業務の実態を調査し、一部職員の実質的なかカラ残業の実態を追及。一律の残業は中止に。
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市民の大切な飲み水を守るため、他会派に呼び掛けて地下水保全条例を可決。拒否権を発動した市長に抗議するとともに条例を再提案し、反対派議員も巻き込んだ論戦をリード。市民の関心も高まる中、連日連夜の徹底論争の結果、翌年4月に全会一致で可決、成立。
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大気汚染や騒音、地下水枯渇、電磁波被害をもたらす市内小松原の住宅地への火力発電所計画に反対し市長の姿勢を追及。翌年12月に提出された反対陳情の採択に努めるなど住民運動もサポート。陳情は99年9月に否決されたが、その翌月、事業主体の会社が計画を中止。
1998.3
市建設業協会による公共工事の談合実態をつかみ、損害賠償の請求と入札制度の改善を市長に提言。過去の土木一式工事全てが談合認定され逮捕者も出る中、制度の一部改革により年間13億円の財政効果を生む一方、翌年1月には各業者への損害賠償訴訟を提訴。一部勝訴。
1999.3
選挙開票事務に従事した一部の職員に手当てを支払った上で翌日の仕事も免除していた事実を追及。年休などによる対応に移行。
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日本一透明な市政と市民のプライバシー保護を目指して、最先端の情報公開条例と個人情報保護条例を提案。慌てた市長は6月に時代遅れで欠陥だらけの対案を出し、市長派議員が中身の議論から逃げ回る中、市長案を可決。
.12
市役所の市民情報コーナーで個人情報が一般の閲覧に供されていることを発見。問題箇所は削除されたが、新条例の欠陥も露に。
2000.3
利用者の権利擁護と能力に応じた公平な負担を図るために、介護保健条例の修正を提案。当局も法的・財政的に問題ないことを認めたが、市長派議員は内容に触れないまま反対し否決。
2004.12
議会復帰後、条例の誤りなど情報公開制度の問題点を指摘するとともに、政治家等による口利き行為の文書化を提言。条例改正と口利きの文書制度化の作業中。
2005.3
住民基本台帳の個人情報が営利目的に閲覧されている状況に対して、法改正の必要性と緊急措置として市独自の閲覧規制を訴える。市では事務手続きの厳格化などを経て12月には原則禁止に。